最近、新しい何かを始めてみまして…
配信アプリで好きなことを話して、仲良い人の配信に行ってなどという古の記憶が蘇るなどしています。
良い出会いがあったとともに、気づいたことがありまして、それは、自分の承認欲求が悲しいことに何も変わっていないという点と、ネットリテラシーのなさですかね。
いやいや、あるだろ、ネットリテラシー。顔出してないし。たぶん。
なんてまぁ、そんなことは良くて、承認欲求云々に関しては、そんな自分のことが心底嫌いだということと、それを実感した出来事を自分ではない誰かもしていたときに、その人は受け入れられていたことが悲しかったんだろうなと…
長い近況報告で失礼しました。好みの話をしましょうか。
好みというものは、経験からくるもので、好きなタイプとか好きな音楽とかは、大げさに言ってしまえば生き様が出るのではと思っているわけです。
過去の未練から来るめがね好きとか、美化された思い出故の歌うまい人が好きとか、知性を感じる言葉遣いが好きとか、品性があると良いとか、ユーモアが欲しいとかね。
まぁそんなこんなで、低音配信者を好みがちな私ですが、その中にすごく素敵な人がいたので、あぁ、素敵だな、と思ったところを書き殴ります。
・使いたい言葉リストを作ってる
↑これめちゃくちゃ良くないですか、中身をちょこっと教えてもらったんですけど、その言葉を使うためとか使わせるために頭をフル回転させながら話すのがとてつもなく楽しいなと思ったので私も作りました
・人にすすめられた音楽を入れるプレイリストがある
↑これ、私のおすすめも仲間に入れてもらったのですが、本当に感動した。私は結構、人のおすすめの曲って聴く方で、私の人生にその人の色がつくようなそんな感覚がすごく好きだったんですけど、自分のおすすめの曲を聞いてもらえたことって、学生時代から本当になくて、聴く必要はないけどさ、聞いてよなんて思うさみしい人生を送ってきたので、こういう人もいるんだと胸を打たれました。
特に感動したのはこの2つですかね?
私はこの好きを、終わりのある恋と勘違いしたくないので、末永く見守って…?関わって…?いきたい人だなあと思っています。名前も、年齢も、どこに住んでいるかも、何をしているのかも知らない人。
いいんです、それで。程よい距離感が、心地の良い空気を生み出すのですから。
その人ではないのですけれど、声だけの配信で、抽象的な絵を描いてみようと言ってそれぞれお絵描きをして見せ合うなんて配信もありまして、私はそれが、すごく気持ち良くて心地良かったなんてこともあります。
人と関わることが苦手な私が、人懐っこいと言われるような人格を形成して、なんだかむずむず、もやもや生きていたけれど、私はたまに感じられるこの言い表せないふわふわとした心地良さを大切にしていきたいなと思いました。
私は今までと何も変わらぬこのごちゃごちゃした文章が好きなので、引き続き生きていこうね、穏やかに。